66個の金魚の水槽

好きな音楽と映画と場所のことをダラっと書いています。

昔好きだったバンドの窮地に都合よくチケット1枚分の力になれるくらいの図々しさはもっていたい。

 

LUNKHEADが危機的状況らしい。

小高さんがこんなブログを更新した。

 

全然おめでたくない20周年。

このあともブログは更新されているので、目を通していただきたいのだけど。

 

lineblog.me

 

 

なんかもう思うことがたくさんあって、書きなぐりたいので久しぶりに更新します。

 

 

昔話。

LUNKHEADに熱狂していた。

熱っぽくて、湿っぽくて、大好きだった。

 

 

大学受験が終わった高校3年生の頃、ドラムの石川龍さんがバンドの活動から少し離れるという発表があった。幼馴染バンドという物語にロマンを感じまくっていた無垢な私はひどくガッカリした。

 

そうして春を迎えて、大学に入学した。教室で毎日毎日、「僕と樹の歌詞が泣ける」だの、「夜行バスの転調がセクシー過ぎる」だの、「ライブで小高さんに手握られたやばい」だのと、ダラダラと喋る日々が一日、一日と過去のものになった。

 

想像していたよりもずっと呆気なく、LUNKHEADへの熱狂は空中分解して消えていった。毎日がどんどんアップデートされた。もっと若くて、もっと勢いのあるバンドを次から次へと好きになった。

 

もう音楽に救われるようなことはなくなって、ただ音楽として楽しい、胸が踊るという感覚を大事にできるようになった。それは、共感だとか、胸に刺さるだとかの、グラついて仕方のない感情よりも、よっぽど信頼できた。

 

たまに思い出したように聴くLUNKHEADは、よく聴くと、なんだ、そんなに好みの音楽ではなかった。流行りの大好きな音楽に囲まれながら、たまに、LUNKHEADの泥臭い奮闘が目の端をチラついた。その度、足を運ばない癖に都合よく嬉しくなった。

それで、最後に残るのは、応援し続けられなかった後ろめたさだけだった。

 

 

今回、小高さんのブログ記事をTwitterで見かけたときも、本当は一度見過ごした。だけど色んなところで広がるツイートがどうしても目にとまってしまって、ようやく重い腰をあげてブログを読んだ。

 

 

あーーーもう、、、、

 

 

当時のメンバーの年齢を追い越しちゃったよ。もうインディゴを聴きながら夜道にメソメソしたりしないし、前進/僕/戦場へを聴かなくたって概ね順調にやっている。

 

28歳のいま、LUNKHEADのライブにいっても、その場限りの過剰なセンチメンタルに浸るだけなのは分かってるし、どうせ今回っきりになることも分かってる。

全然思い出してこなかったのに、こういうときだけ都合よくファンでしたみたいな顔をしてみせる。あまりの自分の図々しさに、相変わらずLUNKHEADを前にしたら、とんでもなく後ろめたい気持ちになる気がする。

 

だけどこれだけは確かなことがあって、私はLUNKHEADに、はちゃめちゃに恩があるのだ。当時、LUNKHEADの音楽があったから、ギリギリ息ができた。今思えば何の悩みも困難もなかったのだけど。得体のしれない息苦しさを、一緒に苦しいなって歌ってくれるのはLUNKHEADだった。

 

 

多分、まだわからないけど、7月19日に恵比寿リキッドルームへ向かうと思う。ギリギリまで悩んで、多分、行ってみると思う。いつもみたいに金曜夜は恵比寿集合で、でも4,000円はハイボールじゃなくてLUNKHEADのライブに使う。それもアリだなって思う。

 

とにかく最高に無責任だけど、10年後も20年後も、「LUNKHEADまだやってるなぁ、学生の頃大好きだったなぁ」ってセンチメンタルしていたい。

 

「まだやってるなぁ」と大好きだったバンドを思い出せることって、どの時代のファンにとってもしんどいくらい宝物だから。どうかそんな未来であってほしいと願ってしまう。

 

7月19日のリキッドルームのチケット1枚で、どれだけ意味があるのかないのかなんて分からないけど、でも、大好きだったバンドの窮地にくらい、都合よく舞い戻ってこれるくらいには図々しくありたい。

 

 

待っててくれるんかなぁ、LUNKHEAD

恵比寿リキッドルーム、向かったら絶対楽しませてね。